• Hirofumi Senda

ラフロイグ10年|家飲みにオススメのウイスキー⑤|BAR SENDA

更新日:9月24日



今晩はコロナ自粛ももう少しでしょうか?

今日の家飲みおすすめウイスキーは、

5回目にしてとうとうアイラモルトのご紹介でございます。


しかもチャールズ皇太子の超お気に入りで、

シングルモルト初の快挙を成し遂げた「アイラの王」でございます。


You either love it or hate it.

「好きになるか嫌いになるかのどちらか」


と言ったキャッチコピーもある個性的なウイスキーでございます。

是非まだチャレンジしたことはない方は、

これを機にチャレンジして欲しいモルトでございます。

それだは先ずいつもの応援ポチからお願いいたします。





ありがとうございます、では参りましょう。


ラフロイグ10年 家飲みにおすすめのウイスキー covid19


価格:4,500円くらい



チャールズ皇太子が愛飲される、

シングルモルト初の王室御用達の栄光を授かったウイスキー。


それが本日ご紹介の「ラフロイグ」でございますが、

英室御用達のワラントとは一体どんなものなのでしょうか?


現在は英国のロイヤルワラントを決定できる権限を持つのは次のお3方だけでございます。

  • エリザベス2世女王

  • エジンバラ公

  • チャールズ皇太子(プリンス・オブ・ウェールズ)

ラフロイグは1994年にロイヤルワラントを取得しており、

ラフロイグ蒸溜所の白い壁には、

ダチョウの羽を3本あしらった、別名「平和の楯」と呼ばれる

プリンス・オブ・ウェールズの紋章が飾られております。

チャールズ皇太子は自ら買い付けにいらっしゃることもあり、

年によってはボトルで1000本もオーダーされると言われております。


また新製品の誕生の時には、必ずチャーチル皇太子に

ご試飲いただくことが慣例となっているのでございます。




それでは本日の目次でございます。


【目次】



ラフロイグ蒸溜所について


スコットランドの西岸沖、インナーへブリティーズ諸島の南端に位置するアイラ島。

日本の淡路島より少し大きいくらいですが、

その南の海岸沿いにラフロイグ蒸溜所はございます。

ポートエレンの港から東に3km、静かで美しい入江に面して立てられております。

ラフロイグとはゲール語で、

「広い入江の美しい窪地」の意味でございます。

ラフロイグ=広い入江の美しい窪地

歴史をざっと解説してまいりますが、

登場する人物を説明しておきたいと思います。(主要人物名を色分けしておきます。)


  • ドナルド・ジョンストン(創業者)

  • アレキサンダー・ジョンストン(同じく創業者でドナルドの弟)

  • ドゥガルド・ジョンストン(ドナルドの息子)

  • ジョン・ジョンストン(ドナルドの父)

  • ピーター・マッキー(ラガヴーリン蒸留所)

  • イザベラ・ジョンストン(アレキサンダーの姉妹、イアン・ハンターの母)

  • キャサリン・ジョンストン(アレキサンダーの姉妹、イアン・ハンターの叔母)

  • ジョンストン・ハンター(イザベラの夫、イアン・ハンターの父)

  • イアン・ハンター(北米マーケットの開拓とバーボン樽熟成の先駆者)

  • ベッシー・ウイリアムソン(スコッチ初の蒸留所所長で、アイラアイテス)



1815年

ドナルド・ジョンストンアレキサンダー・ジョンストンの兄弟によって、

ラフロイグ蒸溜所は創業。

元々は飼育していた牛の餌の為に大麦を栽培をしていたのですが、

余った麦でウイスキーを作っていたらウイスキーを作る方が利益が上がる為、

逆転してウイスキー作りがメインになったのでございます。


1836年 

ドナルドアレキサンダーから利権を買い取り、単独オーナーとなる。


1847年 ドナルドが発酵槽に落ちて、2日後に死去。

息子のドゥガルドは当時11歳だったので、

祖父のジョン・ジョンストンと地元の農家で、お隣のラガヴーリン蒸留所の、

ピーター・マッキーによって運営。


1857年 ドゥガルドが大人になり運営を引き継ぎ、

父の兄弟(叔父)のアレキサンダー・ジョンストンと共に運営。


1877年 ドゥガルド死去


1887年 アレキサンダー死去。

その後、蒸留所は彼の姉妹である、イザベラ・ジョンストン(ウィリアム・ハンター)キャサリン・ジョンストン、そして甥のジョンストン・ハンターに相続される。


1907年 イザベラキャサリン姉妹と、隣のラガヴーリン蒸留所のピーター・マッキーとの間でトラブル。このトラブルが巨匠 ケン・ローチ監督の「天使の分け前」で近年、映画化されウイスキーファンの間で話題となったのは記憶に新しい事であります。

揉めた理由は1847年以降ラフロイグの販売件ピーターが持っていた事であります。

この頃ラフロイグは順調に人気を獲得して行っておりましたので、販売権をめぐり・・・と言ったとこでしょう。     【クリックで記記事へ】


ウイスキージャーナリストのアルフレット・バーナード氏により、

「ラフロイグ蒸溜所で作られたウイスキーは並外れた特徴を持っており、これは主に

地域・水・位置など偶然の影響を多く受けています。」と報告もされております。


1908年 ジョンストンファミリー一族最後の末裔となるイアン・ハンターが、

アイラ島に戻って母親のイザベラ(ウィリアム・ハンター)と叔母のキャサリンのラフロイグ蒸留所に加わる。


1924年 現在のモルティング施設を作り、スチルも2基増設(合計4基)して、

収容能力が2倍になる。

同年、ピータ・マッキー氏 死去


1927年 イザベラ(ウイリアム・ハンター)の息子である、

イアン・ハンターが運営を引き継ぐ。

翌1928年、イザベラ死去。


1929年 当時禁酒法時代のアメリカへ薬酒として輸出のネットワークを広げるほど、

イアン・ハンターはどんどん世界へ輸出網を拡大して行く。


ラフロイグの刺激的な的な海藻やヨードの香りを、

アメリカ当局に薬用酒と認めさせた事には感心させられます。


1950年 イアン・ハンターにより、D.ジョンストン社設立。


1954年 イアン・ハンター死去

子供のいなかったハンターは、遺言で彼の右腕だったベッシー・ウィリアムソンに遺贈。


1967年 シーガー・エヴァンス社グループ傘下の、ロングジョンディスティラリーズLTDに売却。スチルを1基増設(4基から5基へ)


ベッシーは、ラフロイグが世界的に成長し続ける為に、

財政力を備えた国際的なグループの支援が必要であると考えたのでございます。


1972年 ベッシー・ウイリアムソン引退後、

同年にスチルが2基増設され現在の数(7基)となる。


因みにベッシー・ウィリアムソンは、スコッチ初の女性蒸留所所長で、

「ラフロイグ中輿の祖」「ラフロイグのファーストレディ」と呼ばれております。


1975年 ウィットブレット社、1989年 アライド社と経営権が移り、

2014年以降ビームムサントリー社の傘下となり現在に至っている。




ベッシー・ウィリアムソンと「アイラアイテス」


「アイテス」とはのことでございます。

ベッシーと病?

どういうことかと申しますと、まぁ〜わかりやすく言えば

「住めば都で、そこから離れたくなくなる病」でございます。


そもそもベッシーはグラスゴー生まれで、

1934年(当時23歳)にアイラ島にやってきました。


グラスゴー大学を出の彼女は、イアン・ハンターの臨時秘書として、

2ヶ月間の予定だったそうです。


ところが人一倍好奇心が強かったベッシーは、ウイスキー造りという男性社会の中、

メキメキと頭角を表し、やがて生産を任せられるようになってしまうのです。


1954年 イアン・ハンターの死去に際し、子供がいなかった彼は、

遺言でラフロイグの経営を彼女に託したのでございます。


そうしてスコットランド初の女性蒸留所所長は誕生し、

「ラフロイグの中輿の祖」「ラフロイグのファーストレディ」と呼ばれる様になりました。


その後ベッシーが亡くなるまで50年以上アイラ島で暮らし、

お墓までもラフロイグ蒸留所を見下ろす高台に作るように、

遺言を残したのでございます。

ベッシー・ウィリアムソン ラフロイグ蒸留所

まさに正真正銘の「アイラ アイテス」だったのではないでしょうか。


「アイラにやって来る者は、誰もアイラを離れがたくなる。」

「何度も訪れたくなる」こういう人達は「アイラアイテス」だと、

アライド時代に所長を任されていたイアン・ヘンダーソンは言っております。


因みにイアン・ヘンダーソンは、イアン・ハンターとの血縁は無く、

スペイサイド出身で各地の蒸留所で働き、ハイラムウォーカー社、アライド社を経由。


2002年にはエドラダワーのマネージャーになることを承諾するにあたり、

ラフロイグの様にヘビーピーテッドの商品(バレッヘェン)を作ることを条件とした。


まさに彼(イアン・ヘンダーソン)アイラアイテスだったのではないでしょうか?



独自のこだわりと製法



フロアモルティング

仕込み

糖化〜発酵

蒸留

樽熟成



フロアモルティング


まずモルティングと言われてもピンと来ない方もいるかもしれないので、

簡単に説明いたします。


モルティングとは収穫され休眠期間を終えた大麦を発芽させ、

モルト(麦芽)へと変える作業のことでございます。

大麦は発芽させることで酵素が生成され、この酵素の働きで麦芽に含まれるデンプン質から

アルコール成分の元になる糖やアミノ酸が生まれます。

これがウイスキー造り最初の仕込みには欠かせない作業なのでございます。


さてラフロイグの場合ですが、

フロアモルティングという伝統的なモルティングを行なっております。

(現在アイラ島では3ヶ所だけ)

ラフロイグ フロアモルティング

低温多湿の4つのフロアがラフロイグ蒸留所にはあり、

ピート成分が溶け込んだ水をたっぷり含ませた(浸麦)大麦を床に敷き詰め、

それを職人が8時間毎に木製のシャベルで撹拌しながら均一に発芽を促します。


そして適度な長さまで芽が伸びたら、

今度は発芽を止める為にピートを焚いて乾燥させルわけでございます。


ラフロイグのピートポグ

ポイント

  • 仕込み水:キルブライト湖の水で2日間浸麦

  • 使用する大麦の品種は「オックスブリッジ」

  • 4つのフロアは、15〜16度に調整

  • 独自のピートポグ(湿原)から切り出すピートにはヘザーや苔、海藻などが混入しており、それらがラフロイグ独自の風味を生んでます。

  • コールドスモーキング:はじめに低温でピートを焚くことでフェノールやスモーキーフレーバーが強まる。(その後熱風で乾燥させて粉砕)



 

仕込み

1バッチ5.5トン

  • 自家製麦芽     約15%   フェノール値45〜55ppm

  • ポートエレン製麦芽 約85%   フェノール値35〜40ppm

  • 本土産麦芽     少々     フェノール値35〜40ppm

上記3種を混合して仕込みに用いています。




糖化〜発酵




ポイント

  • マッシュタンはフルロイタータンで、得られる麦汁は約27,000ℓ

  • 麦芽の糖化をスムーズに進めるための仕込み水の温度は67度くらい。

  • その2回分を一緒にして52,000ℓ(54,000リットルは張り込めない)のステンレス製のウォッシュバック(発酵槽)へ。               (ウォッシュバックは6基あります)

  • 使用酵母はマウリのリキッドイーストで、発行時間は平均55時間。         → フルーティな香味を引き出してくれる

  • ウォッシュ(もろみ)はアルコール8〜9%



蒸留

ポットスチルは初留釜(ストレートヘッド)3基(容量はすべて10,500ℓ

再留(ランタンヘッド)4基3基は4,700ℓ、1基だけ9,400ℓ

合計で7基でございます。